一問一答

私の胸には、「母と子を守る政治」というテーマがずっとあります。
私の実家は、母子家庭で、兄弟が4人。家計は本当に苦しく貧乏でした。そんな中で四人兄弟のうち私だけが、大学に進学させてもらいました。
自分の実体験としても思うのですが、子供達が選ぶことのできない家庭の経済的環境などによって、子供の将来の夢や希望についての選択肢が狭まってしまう場合があります。
そうではなくて、家庭や経済環境に左右されず、本人のやる気や頑張りによって、いくらでも才能を伸ばし学んでいけるといった教育の基盤となる社会制度を、政治の責任でつくっていかなければならない。“子供たちの将来を大きく開く社会を作る”いうことが大事です。
また、苦労して子供を育ててくれたお父さん、お母さんが老後を安心して過ごせる社会をつくりたいという意味で、「医療」と「介護」については、特に力を入れたい分野です。
「医療」は、特に高額療養費などを含めて、さまざまな制度上の欠陥があるので、それを手直しする。そして、母と子を守るという意味では、周産期医療を含めた救急医療の充実というのは、関東を中心とした首都圏ではとても重要なテーマなので、全力で取り組みたいと考えています。
政治そのものにお金がかかるということもありますが、政治家自身が“何のために政治をするか”と言うことを見失いがちだと思います。
まずは、選挙や政治に、できるだけお金がかからない仕組みを模索する事が大切です。そして“お金で政治が動く”ということを絶対にやめさせなければならない。
例えば、ある企業が、特定の政治家に対して巨額の献金をすることで、政策がその企業に有利な形へ動いてしまう。これは、絶対にあってはならないことです。
昨今、大きな話題になっている企業団体献金の問題は、企業と政治家の癒着により、政策がねじまげられる危険があるという事を明らかにしています。
ですから今、われわれ公明党が進めている「企業・団体献金の全面的な禁止」は、何としても実現しなくてはならないと思っています。
公明党は今までも、政治資金規正法については、1万円以上の領収書公開を義務付けるなど、政治家のカネについて、透明化を図る努力をしてきました。また、口ききによるカネ集めや汚職に対する処罰を規定した「あっせん利得処罰法」や「官製談合防止法」の実現をリードしました。
とにかく、「政治改革」は「政治家改革」です。
制度のみならず、政治家自身が変わらなければ、何も変わりません。政治家一人一人が「何のための政治なのか」という点をしっかりと自身に問いかけながら働くべきであると感じています。
前提とし、早急に景気の回復を図ることが必要です。とくに地方の景気を押し上げることが重要です。
その上で、中小企業の中には “やる気のある働き手が欲しい”といった声は、決して少なくありません。数字の上でも、中小企業の求人数は、それほど悪くありません。
ただし、その中小企業の「人を求めている」という情報が、仕事を探している人にまで、充分に届いていない面があります。
地域単位で、仕事を求めている人と働き手(労働力)を求めている人のマッチングさせるシステムをきちんと作れば、まだまだ、働く場所をつくることは可能だと思います。
ある大学では、大学構内にジョブカフェ(若者の就職をサポートするサービスセンター)の出張所を設けて、学生との連携をとりやすくする工夫をやっています。また、ある期間、地方自治体が人を中小企業にやとってもらう。その間は、地方自治体が給料の一部を補填し、支払うという取り組みをしているところもあります。
たとえば1年間そこで働く。その経験が、その人のキャリアとなって残ります。それが次の就職のステップになる。このように、雇用の対策は、民間まかせ、ハローワークまかせではなく、国や地方自治体などが入って、人と人を繋いでいく。職業訓練をサポートする。こういった努力をつづけることで、まだまだ、働く場所を確保することは可能だと思っています。
道州制については、地方議会の議員の方から、ご意見を伺うことがあります。
道州制を導入する、しないの議論よりも、まず前提として、地方主権型に行政の仕組みを考えるということが大切だと思います。
行政のあり方を、より生活の現場に近づけること。そして、行政コストの縮減につなげていく。この取り組みが必要です。道州をどう作るかということも大事ですが、国の権限をどう整理するかということを決めないといけません。
極端にいえば、国の権限を、外交、税・財政、防衛、基本的な社会保障などにしぼって、それ以外は、地方に主権をおいていく。この国の権限をどこまで絞るかということを議論しなければならないと思います。
公明党としても、より暮らし・現場に近いところに行政の判断があり、権限があるという社会のあり方にすべきだと主張しています。国が全ての権限を握っていて、その決定に地方が従わなくてはいけないという、今の構図は、もう変えなくてはいけません。
そういう意味では、“いつまでに道州制をやりましょう”と、期限を区切って議論しないと進まない問題であると考えています。
大事なことは、子供たちの将来を大きく開く社会を作れるかどうかです。
教育の政治的な課題は、いわゆる学費の無償化などといった「お金の問題」だけではありません。また、ゆとり教育といった「時間の問題」でもないと思います。
子供達がいろんな人と出会い、いろんな人が支える。“社会の子供の支え方”というのが、重要になってきます。
子供の将来に夢や希望をつくるには、学校の先生に限らず、多くの人が関わるべきであり、初等教育の段階から子供たちに、いろんな人との出会いを作っていくことが大事であると思います。
例えば、特別教員免許状の発行権限を市町村に分権すると、その地域の人が授業を行うことが可能になります。
世界を飛び回ってきた商社マンが自分が肌で感じた世界の文化や国情について子供たちに語りかけるとか、農業従事者が自然、食の安全、命を育む、といってことを1年間、実地で教えてくれるといったことができるようになる。
地域の実情に合わせて柔軟に民間の力を教育現場に活用していく。むしろ、どんどん地域の力を教育現場に生かしていく。それだけでも、子供の可能性を大きく開いていけるのではないかと思います。
国民の代表である政治家が、官僚機構を使いこなしていくことが大事です。官僚機構は、行政官の専門家としての能力・ノウハウを持っています。
政治家がその力を、十分に生かすことができるかどうか。政治家が大方針と方向性をしっかりと出して、官僚がその実現のために知恵と専門知識を生かしていく。この関係性が大切だと考えます。もともと官僚機構はそのためにあります。
すべて官僚に丸投げをし、官僚に左右されてしまうような政治家ではダメです。
官僚の仕事を政治家がきちんとチェックできる能力を持つ。信頼関係を築き、言うべきことはどんどん言っていく。今後、ますます政治家の実力の問われることになると思います。
新しい政権と言いながら、民主党の真ん中には、古い政治の古い金権体質が、まさにどす黒く残っていた。このことに驚きました。結局、“お金持ち”が政治家になっている。カネ集めの政治になっている。こう多くの人が失望したのではないでしょうか。
また「選挙で勝つことを国民生活より優先する」政権であるということを感じます。 2009年の選挙で、マニフェストを訴えて政権をとったのであるから、マニフェストを実行しなくてはいけないというのは分かります。
しかし、政治というのは、国民生活に直結していて、しかも国民生活は常に動いています。特に景気対策は、もっとスピード感をもって対応しなくてはいけない。
民主党は、自身のマニフェストの実現のためには一生懸命だけれども、国民生活に敏感に反応するということができなかった。2009年9月から2010年1月に第2次補正予算が成立するまでの間、第1次補正予算を凍結して5ケ月間の景気対策の空白を生んでしまいました。
その間に、急速に景気が冷え込み、雇用も悪化したことを考えると、民主党は、国民生活に対する敏感さ、反応度が非常に低いということが明らかになったと思います。
マニフェストの実現には一生懸命との姿勢を見せているけれども、国民生活への反応は鈍かった。これでは “誰のための政治をやってるんだ”と感じます。民主党は次の選挙のために政治をやっている。政権維持が自己目的化し、民主党のための政治になってしまっている。
当初、民主党が掲げていた「国民の生活が第一」という政治とは、ほど遠い状態にあります。大変、残念というほかありません。
保険料の未納者が増えて、将来、年金制度が破綻すると報道されることがあります。しかし、未納が問題になっている基礎年金(国民年金)の保険料は、年金加入者全体のわずか5%にすぎません。
ですから、未納が増えることで年金財政が破綻するというということはあり得ません。今までの議論は、やや正確さを欠き、不安をかき立てる内容になっていると思います。
若い人でもきちんと年金保険料を納めれば、基本的には自分が支払った分以上にもらえる。保険料を払っておいた方が絶対に得だということを、きちんと説明しなければいけません。
問題は、もらえる年金が生活をする上で、まだ足りない。つまり、年金を増やすこと。
また、保険料が払えなかった時期があって年金の受給資格25年に満たず、年金を受け取る資格が発生しないという人。そういう人たちが年金をもらえるようにどうするか。この低年金・無年金対策を、今やらなければいけません。
民主党は、年金財政を抜本改革すると言ってきましたが、財源のあり方を含め、その中身は、連立政権の中でもまだ一向に煮詰まっていません。年金改革を単に先延ばしするのではなく、今、困っている人のために、できるところから低年金・無年金対策を急ぐべきです。公明党は年金受給資格を25年から10年に短縮する。また、低所得層を対象に国民年金を25%加算する制度を創設することなどを提案しています。
さらにいえば、民主党のように、生活の柱・基盤となる年金問題を「政争の具」にしてはなりません。選挙のたびに争点としたり、政権が変わるたびに方向性が変わったりすると、年金に対する信頼性が大きく損なわれてしまいます。
公明党が以前から主張していたように、年金問題を与野党で協議する機関を設置し、国会全体の責任で、年金の将来像を国民の皆さんに提示する必要があると考えています。
介護については、いろんな方からご意見を伺います。
私も87歳になる母を兄弟で在宅介護で支えているので、お気持ちもよく伝わります。
よくお伺いするのは「施設に入りたいけど入れない」という声です。
公明党は、2009年から全国3000人の地方議員とともに「介護総点検」を全国で実施し、それをもとに政府に政策提言もしています。
介護総点検では、「施設で介護を受けたい」という人が「在宅で介護を受けたい」という人を上回るという結果がでました。施設介護のニーズが高まっています。
私自身も特別養護老人ホームを中心に、様々な所へ足を運びました。そのなかで直面した現実は、介護施設では、入所待機者が200人300人は当たり前ということです。受け皿としての施設を増やしていく取り組みが求められます。
また、不景気で、家庭から働きに出る人が増えているため、在宅介護も大きな負担となっています。この支援体制も強化する必要があります。
そして何より、介護従事者の処遇改善が大きな課題としてあります。これは早急に対応しなければなりません。給与などの待遇があまり良くないため、辞めてしまう人が多い。私が聞いた声の中で、これが、非常に切実でした。
ある施設では、男性の職員が、「最近の高齢者の方は昔に比べて体格が良くなり、男性の力が必要になっている」と言っていました。しかし、若い男性が結婚を機に転職してしまう。家庭を養えるだけの収入が確保できないためです。実際、ある県では、介護従事者の1年間の離職率が20%を超えています。
これでは、高齢社会に必要なマンパワーを確保できません。介護の仕事が将来型の産業として育たない。魅力ある職場として成り立つように、この問題は早急に対応しなければならない。
ですので、喫緊の課題として取り組みたいと思います。
消費税の増税については、拙速な判断は禁物です
その上で、消費税は、年金・医療・介護といった社会保障に対して、有力な財源であることは間違いありません。だからといって、すぐに消費税を増税して、その財源に充てるということでは、到底、国民の納得は得られません。
前提として、財政のムダ遣いを一掃する。そして「何にいくら使うのか」を明確に国民へ説明する必要があります。それによって、社会保障がどれだけ守られ、充実できるのか。その全体像をきちんと示し、“国民の命と暮らしを守る”社会保障の財源として使うのであれば、議論の対象にはなると思います。もちろん、消費税だけでなく、税体系全体の見直しの中での議論が必要です。
「消費税の税率アップによって、国民生活の何が守られるのか」――この点について、国民の皆様の納得を十分に得るだけの議論をして、増税する、しないの判断をしていくことが重要です。
また、消費税は、所得の低い方には負担感が大きくなるという問題があります。
外国では、スーパーの商品について消費税を低くしている所もあります。食料品や日用品などは税率を下げるという複数税率の導入など、低所得層のための対策も同時に検討すべきだと思います。
どこまでも国民生活を敏感に感じ取ったうえで、十分な議論と、丁寧な判断が求められるのではないでしょうか。
国民の“苦労”や“痛み”を感じる政治を実現しないといけません。
政治家が、もっと国民の苦労に近づかなくてはいけない。
私自身この4年半、中小企業を約3000社、訪問させて頂きました。
政治家にとって、現実の暮らしの中で、何が起きているかを感じる“政治的直感力”がいかに大事かと、現場を歩く中で痛感しました。
今の政治家に欠けているのは、この現場感覚です。生活の現場と政治の現場との往復作業を怠らず、そこでつかんだものを政治に反映する努力が欠けている、といってもいいでしょう。
いくつかの経済指標からは、雇用をのぞいて、経済状況は「好転の兆しあり」と、しばしば発表されます。しかし、私が、2010年の年頭に中小企業をいくつもまわり、「去年の1月と今年の1月でどちらが景気はいいですか」と訪ねると、「今年の方が悪くなった」と答えた方が8割以上でした。街中での手ごたえからすれば、決して景気は良くなっていません。
今の不景気は、国民の家計を直撃し、雇用を悪化させています。にもかかわらず、国会議員の歳費(給料)や高級官僚の給料は依然として守られている。これは、庶民感覚からして当然、納得がいかないことだと思います。
今、求められるのは、政治家が国民と同じ目線に立って、自らの身を削ってでも行動を起こせるかどうかです。
国会議員が自ら給料をカットする。
そうして、まず政治家が範を示すことで、国家公務員、特に高級官僚の給料をカットする。これを行い、せめて“少しでも国民の痛みを分かち合わせていただきたい”との姿勢を示さなければ、国民の皆さんも政治に期待しようとは思わないでしょう。
国民の「心」や「痛み」が分かる政治家を、一人二人と増やしていくことが求められていると思います。










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